先々週の2泊3日の南房総への旅行で、2日目の9月5日は台風接近で予定していた館山城(城山公園)付近の博物館を回るのをパスした。そのやり直しを今日やることにして日帰りで館山へ。
朝の8時前(7時50分台)に行徳駅から乗る。
コロナ禍前に毎日出勤していた頃は毎日この時間に乗っていた。コロナ禍になってからリタイアまでの間は、出勤するときは後ろにずらした時差出社にしていた。久しぶりの朝7時50分台だが、乗る方向は逆。
千葉駅前からの高速バスで10時20分過ぎに館山駅前に着く。
城山公園までは多少距離があるが、十分歩けるぐらい。交通量の多い県道を避け、汐入川を渡って住宅地の中を進む。
道なりに進めばたどり着くルートをGoogleマップで調べ、ストリートビューでたどるのをやってあった。
再び県道に出る地点のすぐそばが館山神社。後ろの丘の上に館山城を模した建物の八犬伝博物館がある。神社にはお詣りしていく。
城山公園の入口の道。
丘の上なので坂をずっと上っていく。案内標識には上のお城まで500mとあった。
なだらかな坂に見えたが、上り始めると思ったよりも急で、しかも30度超の暑さだから息が上がる。でもなんとか立ち止まらずに上りきる。
博物館に入る前にまず展望エリアへ。先々週の旅行の1日目、2日目は天気がくずれ、館山では青い空も青い海も見ることができなかった。その海のほうを見る。
ズームアップ。
城山公園のところの博物館2つを見たあとは”渚の駅”たてやまへ行く予定だが、次の写真で左の方のオレンジの屋根の建物。右の方が北条海岸。
展望エリアのすぐそばが八犬伝博物館。
その入口側。
入口そばにポスターが出ているが、今行われている特別展示で「南総里見八犬伝 ~宮田雅之と辻村寿三郎 ふたつの八犬伝~」のもの。
観覧券を買って入ったところが1階で八犬伝に関する通常展示のフロア。ただし1階は撮影はダメ。だけど、特別展示の2階は撮影OKだった。
ポスターに載っているうち、辻村寿三郎作のこの人形は玉梓の怨霊。
自分の同年代の人間なら100%近い割合で知っているだろうと思う。この人形が登場したのはNHKでやっていた連続人形劇「新八犬伝(→Wikipedia)」。1973年(昭和48年)4月初めから1975年(昭和50年)3月末まで丸2年放映されていた。4月~3月だと学校の年度と重なるが、自分が中学1年と2年のときになる。自分が八犬伝を初めて知ったのもこの作品。そして、それまでのNHKの人形劇は小学生以下の子供向けという印象が強かったが、「新八犬伝」はもっと上の年代も狙ったか、中学生の自分も含めて広い年代に人気があった。
この不気味な顔の人形は写真の隅のほうに「玉梓」と書かれているが、正確には「玉梓の怨霊」。見ていたから覚えているが、怨霊になる前の玉梓は他の女性登場人物と同じく、ふつうの人間の姿だった。
玉梓の怨霊というと、登場する度に名乗りを上げるがその語調がけっこう強烈。
「我こそは玉梓が怨霊」
と文字にすれば単にこうなのだが、語調を表現しようとすると、アクセントがあるところの文字サイズを変える+太字にするような形になるだろう。
「われこそはたまずさがおんりょーーーう」
こんな感じか。
1990年代のインターネットやWebの仕組みが広がり始めた時代には、文字の表示書式をサポートしないシンプルなWebブラウザもあったが、今はそんなことはないと思う。もし、今もそうしたブラウザがあって、それで見ている人がいたら、ちゃんと見えなくてごめんねとなる。
ポスターのもう一人の女性の絵は宮田雅之という人の手によるもの。
宮田雅之という名前はこの特別展示のパンフレットなどで初めて知った。片方が辻村寿三郎の玉梓だから、こちらはその宮田雅之という人が描いた玉梓なのだろうと最初は思った。ところが、隅のほうに書かれた説明を見ると、玉梓ではなく伏姫だった。
玉梓の怨霊は他より大きく、操る仕組みが異なっている。他は舞台下から操作用の棒で動かす形だが、玉梓の怨霊は手の部分が手袋になっていて演者の手の動きが分かる。演者が頭から被っていたようにも思えるが、それだと逆に小さい。手だけ突っ込んで後ろで黒子の衣装を着て操っていたのではないかと思う。
こちらは(全員ではないが)八犬士の人形が並ぶ。
一番記憶に残っているのは、八犬士で最初に登場し、そして登場する話が一番多かった犬塚信乃。
こちらは宮田雅之作の八犬伝の切り絵の展示。

この説明パネルで何のために描かれた絵なのかが分かる。
小説「八犬伝」の新聞連載時に挿絵として描かれたものだということ。新聞連載は1982年(昭和57年)の8月30日から朝日新聞夕刊連載とのことで、連載は359回。夕刊は日曜日はないので、単純に6で割ると60週でほぼ1年と2ヶ月になる。いずれにしてもその新聞を読んでいなければ、連載小説の存在を知ることもない。1982年というと自分が大学生の頃になる。
辻村寿三郎の訃報はしばらく前に聞いた。「新八犬伝」の人形を作った人ということで意識に入ってきた。
辻村寿三郎(人形作家):1933年(昭和8年)生、2023年(令和5年)没(→Wikipedia)。
そして、
宮田雅之(切り絵画家):1926年(大正15年)生、1997年(平成9年)没:(→Wikipedia)。
小説「八犬伝」の作者は山田風太郎:1922年(大正11年)生、2001年(平成13年)没(→Wikipedia)
もう3人とも鬼籍に入った人。
山田風太郎という小説家は全然知らなかった。だから、作品を読んだことはない。Wikipediaで見ると、著作を原作にした映画もあるが、公開時に見たものもない。ここ2,3年、ケーブルテレビで”昔、話題になったが見ていない”作品を見た中に「魔界転生」がある。
小説「八犬伝」は「南総里見八犬伝」の作者 滝沢馬琴が書き始めてから長い年月をかけて書き終えるまでの話を「実」パート、八犬伝の物語を「虚」パートとした内容とのこと。この小説を「実」パートと「虚」パートの構成のまま映画化したのが昨年2024年秋に公開された「八犬伝」(→公式サイト)。これも劇場へは見に行っていないが、最近(ここ1,2ヶ月の間)、J:COMの配信でようやく見た。
八犬伝博物館はお城を模しているので天守閣があって上ることができる。上って景色を見てくる。まず、海の側。
反対側の内陸側。
丘の上に建っている建物の頂上だからやたら風が強い。出るところに「帽子などを飛ばされないように注意してください」と注意書きが貼ってあった。つい先ほどの展望エリアよりも風が強かった。
次は丘の下にある館山市博物館本館へ行く。丘の下といっても、少し上がったところにある。八犬伝博物館から坂を下るが、下りきる手前で彫刻を並べた遊歩道に入り、そこを通っていく。

八犬伝博物館かこちらのどちらかで観覧券を買えば、両館共通なのでもう1ヶ所にも入れる。
本館のロビー。こちらは博物館らしい造り。
2階の企画展示室では「東京湾要塞と館山」。
太平洋戦争時には東京湾入口の館山、それに対岸の三浦半島も合わせて多くの砲台が設置されたということだ。
そして、地元の人間の生活にも大きな影響をもたらしたという。だけど、軍事に関することは多くが機密のため、残っている資料も少ないが、そうしたうちでも集められるものを集めての展示ということ。
2階のもう一つの展示室は民俗展示室。

藁葺き屋根の家や内部の再現。

1階は歴史資料室。2階は撮影OKだったがこちらはNG。こうした施設で撮影の可否は多くが資料の権利関係によるが、ここもそういうことなのだろう。
だけどこの部屋の資料には注目した。実際の大名 里見氏の歴史についての展示だからだ。「南総里見八犬伝」があまりに有名すぎて、実際の里見氏のことと混同されることが多いということだ(展示のパネルにそうしたことを記したものもあった)。だから、この部屋は「八犬伝」ではない、いわば”リアル”里見氏の資料室になる。
自分の里見氏についての知識も漠然としたものだった。詳しく調べたこともない。やはり「八犬伝」からの知識で南房総の大名だったということぐらい。
あとは、住んでいるのが千葉県市川市なので地域の歴史について書かれたものを読んだりもするが、そこに出てくる里見氏に関するものと言えば、16世紀(1500年代)に2回行われた小田原北条氏との国府台合戦ぐらい。しかも、2回とも里見側が敗北している。そうした断片の情報から、里見氏は北条氏との争いに敗れて衰退していったような、これもまた漠然としたイメージを持っていた。
ところが実際はその後、北条氏とは和睦し、南房総での里見氏は勢力を強めたということだ。北条氏のほうが豊臣秀吉の関東征伐で先に滅んでしまった。
里見氏を滅ぼしたのは徳川幕府だったようだ。戦ではなく国替え(改易)という手段によるものだったとのこと。展示資料にも記されているが、里見氏は幕府にとっては外様大名。しかも、海運の重要ルートである江戸湾(今の東京湾)入口にそのような勢力の強い大名が存在することを危険視していたらしい。そして、大坂の陣の少し前の時期、里見氏は山陰の倉吉に改易され、そこで当主が死んだが世継ぎがいなかったためお家断絶で滅んだという。
”リアル”里見氏のことはこちらにも→Wikipedia。
城山公園の博物館を出て、海のほうへ。次は”渚の駅”たてやま。
ここは24年前に一度来ている。スポーツタイプの折りたたみ自転車を買って乗り始めてからだが、畳んでキャリーバッグに入れて電車で運ぶ、いわゆる”輪行”で初めて遠隔地へ行ったのが南房総だった。そのときは千倉から走り始め、海沿いの道を野島崎、洲崎と走り館山駅から再び電車に乗った。館山に戻ってきたときに、この場所に安房博物館という施設があるのを見つけ、時間の余裕もあったので入ってみた。折りたたみ自転車で出かけたレポートの2001年10月12日のものに書いている。ただし、建物の写真だけで内部は写していない。その当時ならこうした施設の内部はほとんど撮影NGだっただろう。
当時は千葉県立の施設だったが、その後、2009年に館山市へ委譲されたとのことで、今は館山市立博物館分館の「渚の博物館」になっているとのこと(→Wikipedia)。
建物は同じだが、印象はずいぶんと変わった。なお、ここは入場無料。
24年前に何を見たかはさすがに覚えていない。上の写真で左の倉庫のような建物内は収蔵展示室のようだが、おそらく収蔵物の劣化を防ぐためだろう、年に数回という限られた期間だけ公開しているとのこと。
今回、目に付くものだったのが、建物外部にもイラストがあるが、”さかなクンギャラリー”。

さかなクンというと、テレビに出ている魚好きのコメディタレントのイメージが強い人。自分もそうしたイメージで見ていた。だけどタレントとしての活動を行いつつも、本業は魚類学者で東京海洋大学の客員教授を務め、学者としての実績もいろいろある人物だという。
・Wikipediaの項
・さかなクン公式サイト
そして、館山市のふるさと大使でもあり、その就任のときにこのさかなクンギャラリーが開設されたという。それが2015年だというから、もう10年前。
自分も年を取ってきたので、博物館というと昔ながらの展示物や展示方法のイメージが強く、こういう有名なタレントを強調したものにはやはり違和感を持ってしまう。だけど、博物館施設も人が来てくれないと成り立たないわけで、いろいろな試みをやっているのだろう。
さかなクンギャラリーの中からも行けるが、2階に「房総と海の生活」の展示エリアがあった。こちらはまさに昔ながらの博物館の展示。
24年前の安房博物館だった頃に見たのは、こんな内容だったような気がしてきた。

博物館を出て、”渚の駅”たてやまのほうへ行く。こちらは安房博物館が館山市へ委譲されたのちに作られた施設とのことだ。その2階デッキへ上がると海のそばまで行ける。晴れているがやたらと風が強くなってきた。
”渚の駅”たてやまの2階になぎさ食堂があって、そこで昼飯と考えていた。ところが、やっていない模様。1階へ降り、2階へのエレベータを見ると休業の貼り紙。
9月17日だけ急に臨時休業になったようだ。なぎさ食堂は公式サイトやFacebookもあるが、この日記を書いている(分量が多くて翌日になったので9月18日)時点でも、9月17日のことは載っておらず、9月1日投稿の9月3日と4日のメンテナンスによる臨時休業までしか載っていない。せめて1日前に分かっていれば、他へ行く予定を組んでいたわけで、急な休みには「そりゃないよ!」と言いたくなる。
仕方がないので、なぎさ食堂で昼飯のあとに行くつもりだったカフェへ行く。館山駅の周辺にも食べるところはあるが、カフェにもフードメニューはある。
北条海岸沿いの道を北へ。汐入川を渡ると公園にした緑地。
このあたりは、コロナ禍が広まった2020年の秋だが、会社の休暇制度で平日3日休めたときに日帰りで来て歩いたところ。この日記の2020年11月26日。
館山駅西口への夕映え通り。
駅のほうへは向かわず、海岸沿いにもう少し北へ歩き、SEA DAYSという店(→公式サイト)へ行く。
カフェとフィットネスの店とのこと。フィットネスは
YOGA SUP RUN
ということ。
YOGAはヨガ、RUNはランニングと分かるが、「SUPって何?」と思う。調べると、サーフボードの上に立って乗り、1本のパドルで水面を進むアクティビティで、StandUp Paddleboardの頭文字でSUPとだいうこと。
木材を使い吹き抜けのある店内。なかなかいい感じ。
カフェにもフードメニューがあるので、ここで昼飯にしようと思った。だけどここでまた自分のドジ話の告白になる。
公式サイトのカフェのメニューで最初に載っているのが、アサイーメニュー。その先頭がアサイーボウル。店でオーダー端末の先頭に表示されるのもそれ。1,480円だが、その値段なら内容も充実しているだろうと注文した。
そして出てきたアサイーボウルがこれ。思ったよりも小さい。
上はカットした果物だが、下はスムージーをシャーベットにしたもの。食べ始めてからアサイーボウルとは何かを調べた。するとWikipediaにも出てくる(→こちら)。アサイーはブラジル原産のヤシ科の植物で、容器底のスムージがそのアサイーとのこと。そして、これは食事というよりもデザートだという。
アサイーボウルのことは知らなかったし、この店で食べることになるとは思わなかったのでどんな料理か調べてもいなかった。メニューの最初に出てくるし、それに○○ボウルという名前だが、ボウル=どんぶり状の容器のイメージだから食事のメニューという先入観を持ってしまっていた。日本では2010年前後から飲食店で取り扱われてブームになったということだが、自分はどんどん年齢が上がり、流行現象には疎くなるのでそんなブームも全然知らない。
とはいえ、食べるとそれなりのボリュームはあるし、かなり軽いが今日の昼飯はこれでよしとした。他にパスタのメニューもあったが、あらためて注文して食べると逆に食べ過ぎになる。たまたま一食がふだんより軽くても、それで死ぬわけでもないし、ふだんなかなか食べない珍しいメニューを食べる経験をしたと思うことにしよう。
この店に来た大きな理由は他にある。帰りの乗り物の時間までノートPCを使える場所であること。館山駅周辺にはドトールやスターバックス、タリーズなどのチェーンの店はないが、探すと候補はいくつか挙がる。その中でここが良さそうと思ったのがこのSEA DAYS。ノートPCの作業ができるワーキングスペースがあるからだ。
アサイーボウルを食べ終わったあとコーヒーを注文。アサイーボウルは冷やしたものだし、室内でエアコンが効いているので、ホットコーヒーにする。
これを持って吹き抜けのところの階段で2階に上がり、ワーキングスペースの席に座る。午後2時ちょっと前だが、2階には先客はいなかった。
Wi-Fiはあるし、万一充電が減ってもコンセントがある。しかも新しい建物で快適な感じ。公式サイトにもこのワーキングスペースのことが写真付きで載っていた。それで、しばらくここでこの日記の準備をすることにした。デジカメの画像をPCに入れ、日記用に縦横サイズを小さくしたものを作る。最低でもそこまではやってしまおうと思っていた。まだ時間に余裕があったので、縮小サイズ版をこのブログの画像フォルダーにアップロードし、今日の日記を書き始める。帰りのバスの時間に合わせて店を出るまでやって、残りは帰ってからにする。
帰りの高速バスは館山の発車時刻が5分差で千葉行きと東京(東京駅日本橋口)行きがあった。東京行きは2時間弱で着く予定だが、千葉行きは途中で館山道を降りて金谷のフェリー乗り場へ寄っていく便で、そうでない便より時間がかかり2時間ちょっとになる。なので東京行きに乗ることにした。東京駅の日本橋口に着くなら、東西線の日本橋駅に近い。自分が新幹線を使うときにやっている東西線日本橋駅-徒歩-東京駅日本橋口の乗換と同じ。
ところがそうは甘くない。夕方に東京着だと交通量が多くなる時間で途中から道が渋滞して遅れる。2時間弱の予定が約40分遅れでやっと東京駅日本橋口に着いた。夕方の便は、まあそんなものなのだろう。
これなら千葉行きに乗ったほうが、千葉の中心市街地である程度の渋滞はあるかもしれないが、もっと早く帰れたかもしれない。
あとは食べて帰るだけと思ったら、また「何これ!?」ということが起こったので書いておく。やよい軒では今日からさんまの塩焼定食がスタートと聞いていたので注文することにした。昼が軽かったので小鉢付きにすることにして、さんまの塩焼定食 ミニすき焼き小鉢付にした。
すると出てきたのを見て「えっ!」。さんまが頭が右で尾が左。
反対側を見ると皮がめくれていたから、そちら側を下にして器具(焼き網やプレートなど)に置いたのだろう。つまり焼くときから頭が右で尾が左だったことになる。
日本では魚を1匹丸ごと焼くときは頭を左、尾を右にするという長い習慣があって、それが常識になっている。人生経験の短い若い人間なら知らずにやってしまうこともあるかもしれないが、飲食店のしかも大手でこれは一体なんだと思う。
やよい軒へ行くと客席係も最近は外国人が多いし、もしかしたら厨房で焼いていたのもそういう日本の常識を知らない外国人だったのかもしれない。いずれにしても食べにくかったし、これはやよい軒の公式サイトの意見・問合せフォームに書いて送っておくことにしよう。
やよい軒の魚の向きだけでなく、今日は小さいトラブルへの遭遇が他にもあった。
館山のSEA DAYSのカフェでの注文は、スーパーやコンビニのセルフレジと似た感じの端末を使う。液晶のタッチパネルにメニューが表示されるのから選び、そのまま決済する。現金以外にカードやQRコードも使える仕組みだが、今日はQRコードの読取り部が故障ということでPayPayは使えなかった。それでカードを使う。ふだんは値段を気にしてメニューを選んでいても、旅行のときに食べる飯は金額が大きいものになりがちでカードを使うことが多いので、それはそれでよい。
帰りのバスは東京行きのJRバス関東のに乗ったが、館山便は指定席で先に切符を買う必要がある。館山駅のバス切符売り場は券売機が2台あって、1台が現金専用、もう1台がクレジットカード専用。ところが、クレジットカード専用機は「使用不可」の貼り紙が貼られ、係員がメンテナンス中。携帯電話で通話しながら何度もトライしているがお手上げという状態で、いつ使えるようになるのか分からない。しょうがないので現金専用で買った。
小さいトラブルだが、短い時間に続けてハードウェアのトラブルに遭遇するのは珍しい。それで思う。日帰りの小さい旅行でも、現金を含め複数の支払い手段を用意しておくべきだ。最近は使うことが減った現金も何かあれば最後の手段になるから、少し余裕を持って用意したほうがいい。今回は、臨時休業で入れなかったが、事前になぎさ食堂について調べると決済は現金のみ(カードもダメ)ということだったので用意してあった。”渚の駅”たてやま行くとお土産売り場は開いていたが、現金のみとの貼り紙があった。「いまどきまだそんな?」と思うが、そういうところはまだまだあるようだ。
それにしても今日は出かけた先で見聞きしたことだけでなく、いろんなことがあった。
家に帰ったのは午後8時を過ぎてから。暑い中を歩いて疲れたし、この日記を書くのは午後10時で一旦打ち切って、残りは翌日にやることにした。今日はシャワーではなく湯船にゆっくり浸かって、早く床につくことにしよう。


